第1回:イントロダクション

「はじめまして」

 今回から、県北地域における茶業、茶産地、茶に関する出来事を紹介します果樹茶花き班(かじゅちゃかきはん)茶担当の渕通則(ふちみちのり)です。よろしくお願いします。

 さて、このコーナーでは、県北地域で生産される茶、主に緑茶を広く知っていただきたいと思い、茶園管理や製造方法などの詳しい事項は、他のホームページに譲りたいと考えています。しかし、茶に興味のある方であれば、消費者、生産者、または関係者と立場に関係なく、どなたにも、多少は勉強になるような内容を目指したいと思っています。そこで、今回と次回は、主に資料を用いて、県北地域の茶業の背景を紹介しますが、第3回からは、タイムリーな話題、つまりお題を設けた対談形式で、県北地域の茶業と茶に関する出来事を紹介したいと考えています。お楽しみに。

 

1-1 県北地域の茶業とその歴史について


 県北地域における茶の生産は、食文化に組み込まれたものとして、古くからありました。そもそも、今の緑茶の原点は、建久2年(1191年)に、臨済宗の開祖である栄西禅師が、平戸市木引町にある千光寺(当時は冨春庵)に、中国より持ち帰った茶の種を植えたことが始まりと言われています。現在は、「冨春庵跡」という石碑があり、「栄西禅師偉績之茶畑」の碑が建っています。日本最古の茶園については、いろいろと議論が分かれるところですが、平戸出身の詩人である藤浦洸氏が「これが日本の最初のものであったかどうかということが問題ではなく、むしろ高貴族階級独占のもの(お茶)が、ここではじめて一般庶民のものになった、ということに意味があると思う。」と記述していることが、的を射ていると思います。このように、県北地域は、日本で最も早い時代から緑茶に親しんだところと言えます。

 
世知原町板山のジャンボ急須
(出典:世知原町役場)

 


平成15年5月10日に板山茶園で、「せちばる茶摘みのつどい」が開催され、多数の参加者で賑わいました。
  茶業の振興は、明治28年より当時の世知原村を中心に、柚木村、大野村、皆瀬村、吉井村、上志佐村の6か村連合で製茶練習所を設置したことに始まります。そこでは、静岡式製茶法の指導が行われたとされています。
  また、大正10年頃には、世知原町を中心に、静岡地方へ町民を研修に派遣したり、講師を招いて講習会を開催するなど、茶業の奨励に努めたとされています。
 世知原町や佐々町においては、戦後、国有地の活用として開拓入植した農家が茶業を営み、今の産地の一翼を形成しています。特に、世知原町は、茶業を基幹産業と捉え、昭和30年代に、100ヘクタールに及ぶ茶園造成を行い、産地形成を強力に推進しました。
 現在、県北地域の茶産地として知名度の高い市町は、世知原町、松浦市、佐々町ですが、平成10年には、基盤整備された圃場の利活用を目的として田平町にも新たに茶園団地が誕生しました。
 次回は、県北地域における茶の生産状況や頑張っている生産者組織の紹介です。
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